アゼムが、顔をぱっと輝かせた。受け取ったクリスタルを大切そうに抱き締めて、花が咲いたような笑顔を浮かべる。
「ありがとう、ヒュトロダエウス! やっぱりきみのこと、好きだ!」
ワタシは笑顔で頷いた。
「ワタシも好きだよ、アゼム」
好き、と言葉を掛け合うが、決してこれは恋人たちの睦言ではない。彼女の「好き」は触れ合う人々やものにあまねく注がれる感情だ。たったの二文字であるけれど、それを言葉にするのは、思っている以上に難しい。だからこそ、なんのてらいもなく言える彼女のことを、ワタシは好ましく思っている。
「フフ、ヴェーネス様のことも好きなんだよね」
からかうように聞こえるかもしれないが、そこに他意はない。彼女の好意を表す言葉を聞くのが好きなだけだ。アゼムは大きく頷く。
「うん、師匠のことも大好きだよ。強くて、優しくて、格好良くて」
大人になってもまだ、真っ直ぐにそれを言える人と言うのは貴重だ。ワタシはよく、彼女に好意を伝えられる際に、一人ずつ名前を挙げてみせる。彼女はその全てに目を輝かせ、嬉しそうに好きだと言ってくれる。こうして広く愛を持つ彼女が、同様に様々な人から愛を持たれることに喜びを覚える。
今日もまた、挙げた名前に次々と嬉しそうに答えるアゼムを前にして、ワタシはちらりと横目でもう一人の友人を見た。
エメトセルクは、いつもと同じように、顔そのものに染み付いてしまったような少し険しい表情をしている。そんな顔をするくらいなら、さっさと伝えてしまえばいいと思うのだけれど。
ワタシは、アゼムの純粋な好意を聞くのが好きだ。それは裏のない話。しかしわざわざ彼の前で尋ねる時には、思いきり裏がある。彼もそれには気付いているだろう。エメトセルクは、こほん、と咳払いをした。
「何だい、良いところなのに」
「……お前たち、その取引はきちんと委員会に承認を得ているんだろうな」
「当たり前だろ、じゃなきゃちゃんと隠れてやり取りするよ」
「隠れるのはちゃんととは言わない」
「最終的に解決出来ればそれで良いと思うんだけどな」
「いつも誰が尻拭いしてると思ってる」
「いつもありがとうエメトセルク!」
「ねぇ、アゼム」
アゼムに声を掛けると、二人が揃って振り返った。一人はきょとん、とした顔で。もう一人は余計なことを言うなよ、とでも言いたげに。でも、睨まれたところで、普段から険しい顔の彼に怖がることもない。ワタシはにっこりと笑った。
「エメトセルクのことは?」
ぴたり、彼女の動きが止まった。あれ?
いつもなら、即座に笑って「もちろん好き」と言うところなのだけれど。アゼムは指と指を触れ合わせ、ええと、と言い淀んだ。その視線は宙を向いている。あれれ? ワタシはにっこりと笑ったまま、エメトセルクに視線を向けた。睨んでいた視線はついと逸らされた。眉間の皺が三割増しだ。
「……アゼム? 何かあったのかい?」
「えっ、と」
「言わんでいい」
「ちょっとお! 絶対に面白いやつじゃない! どうしてワタシの知らない間にコトを進めているんだい?」
「何故お前に許可をとる必要がある」
アゼムはエメトセルクの方をちら、と見てから、ワタシに近付いてきた。そして腕がぬっと伸びてくる。流石に驚いて身を引くと、彼女の手がワタシの真横の壁に突かれた。顔はやや下にあるが、距離が近い。
ちょっと待って? 進んだんじゃないの?
「この間、エメトセルクにこれをやられて、『人前で好きと言うなよ』って言われた」
「人前で? なるほど? つまり?」
「言っておくが、お前の期待しているようなことは一切ない」
「アゼムは、人前以外で好きだって言いたくならない?」
そう問い掛けると、アゼムはワタシの手を引いて、エメトセルクの視線から隠すように背を向けた。そして少し背伸びをする。それに合わせて若干背を屈めるワタシの耳元に手を当てて、顔を近付けた。
エメトセルクが面白い顔してるな。
「実は、言いたいんだけど、言えてなくて」
「どうして?」
アゼムは口籠った。おや、これは。エメトセルクは腕組みをして、そっぽを向いている。私は聞かんぞのオーラを出しているが、気にしているのは明白だ。
「何だか、彼に思いきり近付くと、動悸と息切れがして」
「アゼム、言い方」
「二人きりだと、妙にね、こう……好きって言おうとすると、恥ずかしい」
ワタシはエメトセルクばりに溜め息を吐いて、仮面を押さえた。どうしてキミは、壁ドンまでしておいて進んでいないわけ? いや、今までに比べたら格段に進んでいるけれどもさ。
ようやく自覚が芽生えてきたんだよ。ここで押さずにいつ押すの。
「エメトセルク」
「……何が言いたい」
「……ある特定のことをしないと出てこられない部屋、というイデアが最近申請されてね?」
「何それ、すごいね! 魔法を思いきりぶつけても駄目なのかい?」
目をキラキラとさせるアゼムの肩を抑えて、ワタシはエメトセルクをじっと見た。エメトセルクは眉間の皺を七割増しにして首を横に振る。
「焦れたワタシが何かする前に何とかしたほうが後悔がないと思うんだけど、どうかな?」
「…………余計なことはするなよ」
渋々、致し方なく、という顔で、エメトセルクがそう言った。
ワタシがイデアを発動させる、少し前の話である。
