「エメトセルク、手を出してくれ」
「厭だが」
「返事が早すぎる!」
顔も見ずに即座に返したエメトセルクに、アゼムは憤慨したように叫んだ。うるさいな、と冷たい視線を投げやって、エメトセルクは口を開いた。
「変な虫を乗せられても困る」
「そんなの持って来ないよ! きみは私のことを幼女か何かと勘違いしてるんじゃないか?」
「幼女相手の方が、力が無い分楽だろうな……。アゼム、この間虹色に光るどんぐりとやらを持ってきたのはどこのどいつだ」
「いやっ、あれは……珍しかったからさ、ほら。ね? ハルマルトあたりが興味を示すんじゃないかと、ね?」
とにかく今日は何も持ってない! と両手を広げて見せた。ことさらに何をしでかすものか、と怪訝そうな顔をするエメトセルクに、アゼムは両手で顔を覆って泣き真似をした。
「私の信用の無さよ……!」
「日頃の行いだろう」
エメトセルク! 見てくれ! と言ってローブに葉っぱやら蜘蛛の巣やらを引っ掛けたまま走ってくる女だ。突拍子もない行動といえば、枚挙にいとまがない。うう……と恨みがましそうに見上げてくる視線に、エメトセルクは片手を差し出した。
「変なことするなよ」
「もう片手も!」
「はぁ? ……で、何だ、これは」
両手のひらを上に向けた状態で差し出したエメトセルクに、アゼムは満足した様子で大きく頷いた。そして、問いに答えることはないまま、自分の手のひらを、その上に重ねる。
エーテルや魔力の繋がりだとか、術式を編んでいる様子はなく、アゼムはただ、エメトセルクの手に触れていた。手のひらを撫で、指を絡め、爪を確かめるように弾く。無言で触れることに向き合っている女の頭頂部を見下ろして、エメトセルクは戸惑っていた。
人は、個性を隠す長いローブを纏うのが常識だ。仮面を着け、フードを被ると、ほとんど肌の露出は無くなる。だから、肌と肌を触れ合わせることなど滅多にない。
「……おい」
「……うん、うん、やっぱりね」
「何がやっぱりだ。質問に答えろ」
アゼムはそこでようやっと顔を上げた。手は重ねたままだ。すりすりと指の股を合わせながら、アゼムは微笑んだ。
「私にはきみからしか感じられない何かがあるらしい。……この間、騎獣から落ちかけた私の手を引いてくれただろ? その時にね、きみの手があんまり心地良いから、おかしいなと思っていたんだ」
「…………」
何を返したらいいのか、簡単に思い付かずに、エメトセルクは開きかけた口を閉じた。
この間、とは、アゼムが大木に登ってしまった創造生物の保護に行ったときのことだ。無事に捕獲したものの、不安定な姿勢で手を伸ばしていたアゼムが落ちかけた。流石に単身で空を飛べるような生き物ではないから、咄嗟に手を伸ばした。それだけだ。
「きみの手が特別温かい訳でもないのにね。ヒュトロダエウスの方が指は長くて、肌がきれいだったけど、きみに触れた時にしか、この感覚は」
「……ヒュトロダエウスにもこれをやったのか」
「うん」
事も無げに答えたアゼムに、エメトセルクは少し眉を潜めた。
「誰彼構わずこういうことをするな」
「どうして?」
「……いらん火種になりかねない」
「火種?」
きょとん、と目を丸くして見上げる様は、本当に幼子のようだ。触れた手は、エメトセルクよりも小さくとも、しっかりと大人の女性のそれであるのに。まるで理解が及ばない様子のアゼムの手を、エメトセルクは捉えた。
遊ぶように、好き勝手に絡めてきていた指を撫でる。物を運んだり、武器を握ったりするせいで、正しく魔法を使うだけの人とは違い、多少その皮は硬い。それでも一回り小さな手は、簡単に捕まえることができる。エメトセルクの動きに、アゼムはよく分かっていない様子ながら、目元を少し赤くした。
ぱっ、とエメトセルクは手を離した。急に自由になった手を中途半端に漂わせたまま、アゼムは首を傾げた。お前。
「みだりに人に触れるものじゃない。現にお前、照れただろう。いい事じゃないと分かっているんだ。だからな」
「エメトセルク」
「話を聞け」
髪を揺らして、身体が勢いよくエメトセルクに飛び付いてくる。逃げる間もなく、突き飛ばす訳にも行かず。両腕を背中に回されて、エメトセルクはすぐ下にあるつむじを睨んだ。
「お前、言ったそばから……!」
「触れたいと思ったんだ」
肩口に額を押し付けて、アゼムはぎゅう、と抱く手に力を込めた。ああ、もう。いっぺん頭を叩いてやるべきか。ゆったりとしたローブ越しに、体温と鼓動が触れ合っている。こうなればもう、感覚だけでものを聞くアゼムに言葉など効きそうもない。エメトセルクは深い溜め息を吐いた。
「私は、きみだから触れたいし、きみに触れられると嬉しい。心臓が高鳴ってどうにかなりそうになる。ずっとこうしていたい」
「自分が何を言っているか分かってなさそうだな」
呆れた声に、アゼムが顔を上げた。しかし、その表情は、満面の笑みだ。
肩に手を回して、引き剥がしてやるべきか。宙に浮いたままの手を動かすよりも前に、アゼムは言うのだ。
「嫌?」
「分かってるならやめろ」
「分かってるからやめない」
案外、きみは嘘を吐けないね。囁く声に、回す手は。
