さぁ、火を放て!

「見て! これ!」
 どやぁ、と絵に描いたような自慢げな顔でアゼムがそれを高らかに掲げたのを見て、これはまた始まるなぁ、とヒュトロダエウスは苦笑した。愛すべき友人達の騒動にもれなく巻き込まれるのは自分の立場の利点だと思っているが、時と場合による、という言葉もある。
 エメトセルクは唇を歪ませている。
「……お前の勘違いじゃないのか?」
「何を! ちゃんとラブレターだよ! 読んだもの!」
 それは一通の手紙だった。アゼムが宣言する前から、エメトセルクにはそれが何か理解できていたという訳だ。憤慨した顔のアゼムが開いた便箋を見せ付けるのにエメトセルクが不機嫌な顔で押し返す。結果は分かっているものの、差し出し主も不憫だ、とヒュトロダエウスは思った。
「……で? ようやくお前も腰を落ち着けることにしたという話か? おめでとう、と言ってほしいのか?」
 随分と棘のある物言いである。どこからどう見ても気分を害しています、という顔だ。アゼムは便箋を畳みながら、唇をつんと尖らせた。
「……受けてあげたいのはやまやまなんだけどね」
「そんなことを言っていると婚期を逃すぞ」
「うるさいな! きみも似たようなものだろう! ……でも、ね? ほら、私は好き勝手に旅に出てしまうし、一緒にいても突拍子もない言動で振り回してしまうだろう……」
「お前が自己分析を出来ているとは……槍でも降るのだろうか」
「……とにかく! 私と居ても彼は幸せになれないと思うから断るつもりなの」
 ちなみにこの系統のやり取り、初めてではない。アゼムが「告白された!」だの「デートに誘われた!」だの、意気揚々と持ち込んでは、エメトセルクがからかう流れだ。そして毎回、「私だってモテるんだよ!」とアピールするものの、最終的には断るという話になる。傍観者の目線で言ってしまえば、割と茶番である。本人たちは真剣な様子だが、よく飽きないなぁとも思っている。
「はぁ……。耐久性があって包容力のある男性と出会えたらなぁ……」
 アゼムはちらりと隣を見た。エメトセルクは仮面の下で恐らく眉間に深い皺を刻んでいる。
「包容力はともかく、一言目に耐久性が出てくるのはお前の問題だ。居ないだろう、お前の恋人として付き合えるような男は」
「……い、いるもん」
 アゼムはぷいとそっぽを向いた。ヒュトロダエウスは生温かい目で二人を見た。アゼムは今日も、帰る! と宣言して走り去ってしまう。
「……追いかけなくていいのかい?」
 ずっと傍観者に徹していたヒュトロダエウスは、そこでようやく声を掛けた。エメトセルクは、深い溜め息をついた。
「少し付き合え」

 

 明らかにアゼムはエメトセルクのことが好きだ。また、エメトセルクだって明らかにアゼムのことが好きだ。ところがどうして、彼らは一向に想いを遂げないのである。
 アゼム抜きの二人で、バーのカウンターに横並びで座る。エメトセルクはからん、と大きな氷を揺らした。
「あいつは何なんだ、お互いにいい大人なんだから、告白されたのなんだの、いちいち私達に言うことか? まったく、恋人を作るなら勝手に作ればいいだろうが」
 ヒュトロダエウスは目を細めた。
「どこかの誰かが気にしてると思って教えてくれるんじゃないの?」
「私は、別に」
「ワタシ、キミとは言ってないけど?」
「…………」
 エメトセルクはグラスを煽った。本当にもう、どうしてこの人たちは。ヒュトロダエウスの呆れた視線をエメトセルクは片手で振り払った。
「そもそもあいつに恋人なんか出来る訳がない。どうせ美辞麗句を並べた手紙だろうと、あいつの表面しか見ていないものだろう。あいつを根底から理解してなお恋人が務まるような男は、奇人変人の類だ。そう簡単に見付かるとは思えない」
「だめだよ、そうやって自分を卑下しちゃ」
「いつ私の話をした」
 また酒に口を付けるエメトセルクの横顔を見ながら、ヒュトロダエウスはにっこりと笑った。
「ねぇ、いい加減にしなよ。ワタシも最初はとても楽しかったよ? 楽しかったけど、これ何回目? もう分かってるんでしょう? キミは彼女のことが好きだから、彼女に恋人が出来たらものすごく困る。エメトセルク、正直にならないと先には進めないよ? 条件に合致するのは私しかいないって言ったら落ちると思うな、ワタシ。早く認めてどうにかして、頼むから」
 エメトセルクはゆっくりと隣の友人に視線を向けた。口元こそ完璧な笑顔だが、目が笑っていない。何でも楽しむ男の焦れた表情に、ぐっと奥歯を噛みしめる。
「惚れたのは向こうだ。向こうが言うべきではないのか」
「もー、キミたちは!」
 どん、と拳でテーブルを叩き、ヒュトロダエウスは肘をついて顔を覆った。愛すべき友人達だ。何だって笑って受け入れる心積もりで生きてきた。しかしそれにも限度はある。
「あいつが折れればいいだけの話だ」
「キミたちは、両方悪い! ……エメトセルク、次はないよ、分かってるね?」
 珍しく険しい表情にも、頑固な男は、決して頷かなかった。

 

 そしてすぐ翌日の話である。ヒュトロダエウスはやや光を失った目で微笑んだ。
「ヒュトロダエウス、どう思う!?」
 アゼムは昨日自らが受け取ったような封筒を手に、ヒュトロダエウスに迫っていた。封筒は可愛らしい春色をしていて、シールスタンプが押されている。薔薇色のインクで書かれた宛先は、彼女の想い人だ。
「わぁ、素敵な手紙だね。差出人は一体誰だい?」
「し、知らない女の人……」
 アゼムは萎れた顔で言った。にこにこと明るい雰囲気の女性が、エメトセルクに渡してほしいとアゼムに託したのだと。彼に宛てる手紙をアゼムに託すだなんて、なんて勇気のある女性だろう、とヒュトロダエウスは感じた。二人はあの言動をどこででも繰り広げるので、関係性は筒抜けだと思っていたのだが。
「彼もそろそろ恋人が欲しいようだったからね、良いんじゃない?」
「待って、そんなの聞いてない!」
「男同士でしか話せないことだってあるんだよ、アゼム。……ひどく焦った顔をしているね、どうしたんだい?」
 アゼムの手紙を持つ手が震えている。アゼムは俯いた。
「う、上手くいきっこない。私は依頼をやり遂げなきゃいけないんだけど、彼女に悲しい思いをさせるなんて」
「どうして上手く行かないって思うの? 二人の相性は他人が口を出せることじゃないと思うな」
「それは、そう、なんだけど。……そう!」
 アゼムは顔を上げた。その頬は薄く色付いている。
「だって彼、ずっと私のこと追ってるじゃん! 自分以外の人ばっかり見てる男なんて、恋人として上手くいく筈ないよ!」
「ねぇ、アゼム。いい加減に腹を括る気はないの?」
 ヒュトロダエウスの言葉に、アゼムは言葉を詰まらせた。口元に手を当てて微笑む友人を、怖がるようにちらりと見上げる。ヒュトロダエウスはわざとらしく、長く息を吐いた。
「そろそろワタシも愛想が尽きちゃった。よし、呼ぼう、彼を」
「は!? 待って、待ってヒュトロダエウス!」
 慌てふためくアゼムに動じず、ヒュトロダエウスは空気を繰って一羽の輝く鳥を創り出した。イデアに込めた文面は「アゼムがどうしても伝えたいことがあるんだ」である。
「ね? ね? いつも私の話ちゃんと聞いてくれるじゃん」
「えい」
「あーっ! 待って! 行かないで!」
 風よりも速く飛んでいく鳥に、詠唱破棄で攻撃魔法を当てようとしたものだから、ヒュトロダエウスはアゼムの手を掴んで引き戻した。鳥は捕まることはなく、空気にふわりと溶けた。アゼムは呆然とそれを見上げている。
「な、なんで……」
「キミたちのそういう相談は今日でおしまいだよ。もう付き合えない。これ以上もたつくつもりなら、ワタシ、強硬手段に出ちゃう」
「もう充分強硬手段だよッ!」
 アゼムは必死な顔でヒュトロダエウスの手を掴んだ。ヒュトロダエウスは、ちらりと視線を上げて微かに笑う。
「お願い、付き合ってよ、ヒュトロダエウス!」
「どうしようかなー」
「ねぇ、素直になるから、お願い!」
「うーん、キミ次第だな」
「私には、きみしか居ないんだ……!」
 ヒュトロダエウスは、予想以上だなぁ、と口元を緩めた。アゼムの、相談役を失うまいと必死な言動も、アゼムのこととなったら急な呼び出しに応じてしまう彼も。
 微笑むヒュトロダエウスの視線は、ずっとアゼムの背後に向けられていた。空間が歪んだのは、これ以上となく「丁度いい」タイミングであった。「付き合ってよ」の直前である。
「おい」
 アゼムはびく、と肩を震わせた。目を真ん丸く見開いて、恐る恐る、といった様子で振り返る。
 低いその声をアゼムが聞き違えることなどあり得ない。そこにはエメトセルクがいかめしい顔で、腕組みをして立っていた。アゼムは「ひっ」と小さな声を漏らした。
 つかつかと歩み寄ってきたエメトセルクは、アゼムの手首を掴み上げてヒュトロダエウスの手を解放した。そのままアゼムの腰に手を回す。アゼムは慌てて身をよじって逃げようとした。しかし、がっちりと掴まれていて逃げられそうもない。ペアでダンスを踊ってるみたいなポースだなー、とヒュトロダエウスは他人事として穏やかな気持ちで見つめていた。
「お前、何してる」
「き、きみには関係ない」
 ぐぐ、と顔を寄せるエメトセルクにアゼムが必死で顎を押して抵抗している。抱かれるのを嫌がる猫のようだ。
「何そいつを口説き落とそうとしてるんだ」
「くどっ……はぁ!?」
 ヒュトロダエウスは俯いて口元を押さえた。「付き合って」「素直になるから」「きみしかいない」。素でやったのは彼女だけで、ヒュトロダエウスは特に何もしていない。
 アゼムは赤い顔で黙り込んだ。そう、これだよこれ。ヒュトロダエウスは内心で拍手をしたい気持ちになった。耐えた甲斐があったというものだ。
「……っ、私がヒュトロダエウスを口説いちゃいけないの!?」
 顔を背けたアゼムに、エメトセルクが舌打ちをする。
「確かに、理解者ではあるだろう。が、お前の無茶に耐えられるほど丈夫に見えるか?」
「見てるのはいいけど戦場に呼ばれるのはイヤだな」
「ヒュトロダエウス! 見捨てないで!」
 悲壮な顔で手を伸ばすアゼムに、ヒュトロダエウスはひらひらと手を振り返した。
 エメトセルクは、アゼムの顎に手を当ててぐいと自分に向けさせた。
「よそ見をするな。……私以外に、どこの誰がお前に付き合えると言うんだ」
 アゼムは、短いうめき声をいくつか漏らした。しかしまともな言葉は導き出せず、ガッとエメトセルクの胸ぐらを掴んだ。勢いよく噛み付くように叫ぶ。
「それはつまり、きみは私のことが好きということだな!」
「違う、お前に選ぶ余地があると勘違いするなという話だ」
「言え! 私のこと好きって!」
「それはお前だろうが!」
「そ、そんなこと言ってると本当にヒュトロダエウスに告白してやる」
「ごめんね、アゼム」
「も、もう、……もう!」
 アゼムはエメトセルクをぐっと引き寄せて唇を押し当てた。しかし、一応触れはしたものの、柔らかい接触よりも、仮面同士がそれなりの音を立ててぶつかった方がよく見えた。仮面を押さえて黙り込んだ二人に、事件に事欠かないなぁとヒュトロダエウスはやんわり目を細めた。
 息を吐いたエメトセルクが、アゼムの頬に手を当てた。
「愛している。……これでいいか」
 さらりと告げた愛の言葉に、アゼムは驚いて肩を強張らせた後、不機嫌を装って口元を引き結んだ。が、むにゃむにゃと端が緩んでいるので全く装えていない。
「き、きみがそう言うなら、仕方がないな……」
「そっちが先だぞ」
「うるさい!」
「ところで手紙、どうするつもりだい?」
「あ」
 アゼムは懐から手紙を引っ張り出した。そして、迷いながらエメトセルクに手渡す。ひっくり返して観察したエメトセルクは、指を滑らせて端を綺麗に切り裂いた。
 腕から抜け出したアゼムは、怯えた顔でエメトセルクを見上げている。エメトセルクは便箋と、ニ枚の紙を引き出した。
「念の為聞くけど、……断る、よね?」
 文字を追っていたエメトセルクは、アゼムの言葉に、はぁ、と溜め息を吐いた。ぴらり、とエメトセルクが便箋をアゼムへと広げるのに、アゼムが驚いて身を引く。
「……お前が思ってるようなものじゃない」
 受け取ったアゼムの背後から、ヒュトロダエウスはそれを覗き込んだ。
 先日はありがとうございました。流麗な字が示すのはただの謝意だ。アゼムは読み進めるごとに、肩から力を抜いていく。
 なぁんだ。ほっと息を吐いた最後の段落で、アゼムは目を止めた。
「つきましては、御礼の品として美術館の招待券を同封いたしました。恋人であるアゼム様となど、行かれてはいかがでしょうか……。フ、フフ……ッ」
「ヒュトロダエウス以外、私が彼のこと好きって知らない筈じゃ……!」
「それは無理があるなぁ!」
 顔を覆って叫んだアゼムがしゃがみ込む。ヒュトロダエウスは大きく頷いた。こんなことならさっさと導火線に火を着けてしまえばよかった。特等席で見られるのは親友の特権だ。
 満足げなヒュトロダエウスは、付き合ったにも関わらず進展しない二人に振り回されて焦れる未来を知らない。