ぼくは料理が出来ない。
基本的に少し不器用だ。ロスガルという種族だから、手が大きいだとか言い訳も出来るのだろうが、行ったことのない祖国には銃のような機構を持つ剣で戦う騎士が居ると言うし、きっとぼくが特別に不器用なんだと思う。
味音痴だとかではない……と思うんだけど、大きな原因としてはまずひとつ。ぼくは刃物を使うのが上手くない。尖ったものがそもそも怖くて好きじゃないし、実際に使ったら流血騒ぎになるので、子供の頃に持つのは諦めてしまった。
次に、いい加減、というものがよくわかっていない。砂時計をひっくり返して、これが流れきるまで炒めてね、とか言われたら従うんだけど、透明になったら、とか適度に火が通ったら、とか言われたら分からなくなってしまうのだ。火は通っていた方がいいはず、と見守り続けて焦がしたことは数知れず。料理上手の子は手際も観察眼も良いものだなぁ、と奥さんの料理を見つめ続けて思ったりした。
そんな奥さんが星海にいってしまってから、ぼくは小さな小さなセーリャとどう暮らしたかと言うと、同じ東部森林の集落に住むお母さんやお姉さんたちに助けてもらったのだった。
ミコッテはロスガルとは男女比率が真反対だが、ムーンキーパーに関しては女性が率いる群れというところは一致しているように思える。ぼくらのほかには三家族ほど。みんなお母さんやお婆ちゃんは面倒見がよく、初めての子育てにあわあわとしているぼくを支えてくれたのだ。代わりに返せるものは、ぼくの場合知識や癒やしの術しかない。それでも「先生には世話になってるから」と、セーリャとともに家に帰るたびに世話を焼いてくれた。
そんなセーリャも、大きくなった。
「お父さん、なぁに? 何だかにこにこしちゃって」
エプロンを外しながら、セーリャがダイニングの椅子を引いた。その背丈はぼくの腰を少し越したくらい。あんまり小さいから不安になるけれど、ミコッテの子供として見れば健康優良児な背丈に体型だ。今年で十二歳。
ぼくは、セーリャが席に着いたのを見てから手を合わせた。食物の恵みに感謝を。そうしてナイフを手にとって、ラプトルのもも肉にゆっくりと刃を通していく。
とろりとした飴色のソースが断面へと滴っていく。味のベースは娘のセーリャ……アセルの名にも因んだ蜂蜜。引っかかる小さな粒は、酸味と辛味のあるアラミゴ原産の香辛料、マスタードだ。柔らかく絡み彩るハニーマスタードソースを掛けた肉料理は、ぼくの大好物だった。
そして。
一口目を頬張ると、期待通りの旨味が口の中にじゅわりと広がる。
「うん、うん! 今日も美味しいね。やっぱりウルダハで香辛料をたくさん買ってきたのは正解だったなぁ」
「ね、おばちゃんたちにも喜んでもらえたし」
セーリャはいつも、ぼくが一口目を食べるまで、ぼくの顔を見ている。おばちゃんたちに習ったの、と初めて目玉焼きを作ってくれた日からほとんど変わらない習慣だった。ミコッテの集落にはあまり男性がいないため、一部の国にあるような「父を立てる」習慣ではないだろうなぁ、と不思議に思っていたが。今日もぼくの顔を見てから、切り分けてフォークを刺していた肉にソースをたっぷりと纏わせて、口に放り込んだ。んー、美味しい! と嬉しそうな声とともに耳がぴこりと立つのを見て、目を細める。
「セーリャ」
「うん?」
「料理、上手くなったねぇ」
「うん! わたしの役目だもの、上手くなるよ、そりゃね」
「不思議なんだよねぇ」
「お父さんの子供なのに料理が上手いのが?」
セーリャはいたずらっぽく笑った。それは確かに、そうかもしれない。口元を抑えて笑ってしまってから、ぼくは彼女の背後にあるキッチンをそっと眺めた。
そこに立っていた、銀の髪の後ろ姿がもう一度。瞳の奥に蘇る。
「お母さんの味付けにねぇ、似てるんだ。不思議だね、きみはファナさんの料理、食べれなかったのに……」
噛みしめるたびに、肉汁と混じり合う甘いソース。行商から粒マスタードを買えた時期だけのメニューだったけど、ぼくの好物になったのは、ファナさんの十八番だったからだ。マスタード、もうなくなっちゃった? とキッチンを覗くぼくに、彼女が戸棚の奥から「そう言うと思って」と瓶を取り出しながら笑っていたのを思い出す。
セーリャは、大きな目をぱちりと瞬かせて、それから首を傾げた。うん、そうだよね。きみにはお母さんの記憶はほとんどないんだもの。でも、この味は不思議と、あの日から繋がっている。
「そんなのさぁ」
彼女は俯いて小さく吹き出した。そうしてから、顔を上げて、頬杖をついて僕を見上げた。ああ、それもなんだ。彼女の癖だった。ご飯を食べるぼくを、そうしていつまでもいつまでも、柔らかい眼差しで見詰めていた。
やれやれ、とでも言いたげにセーリャは小さくフォークを持ったままの手を振った。
「お父さんの顔見てれば、好きな味付け、わかるもん。お母さんも一緒だったんでしょ」
それを聞いて、驚きとともに。そうだったんだね、ファナさん。小さく心の中で呟く。最初のきみと、ぼくの好みが混じって、新しい味が生まれた。
じわりと胸の中に甘く切ない痺れが広がって、ぼくは上を見た。この子が結婚するのはまだまだ先だって信じてるけれど。
結婚した日には、きみの愛する人と、新しい味を生み出している。それを想像するのは、とてもとても嬉しかった。
