目が、合ってしまった。つぶらな黒い目は、僕を捉えて離そうとしない。
(かわ……っ!)
ゼニスと一緒に、冒険車ギルドの依頼品を納品した帰りだった。せっかく街に出てきたのだから、食料品を買い込もうと商店街に立ち寄った。農場で採れる新鮮な野菜や、森の狩人たちが狩り、よく熟成された加工肉を籠いっぱいに入れ、これでしばらくは大丈夫だねと、最近拠点として借りたアパルトメントへ続く舟に乗り込もうとした矢先のことだ。
サメ、だろうか。商店街の片隅にある催事スペースだ。定期的に店が入れ替わるため、特定の品を買いに来ることはあまりないが、突然の出会いを求めるならうってつけ。そんな立地である。今回の店はどうやら、裁縫師ギルドの関連店舗らしい。各国の意匠を取り込んだクッションや、可愛らしくデフォルメされたパステルカラーのぬいぐるみが所狭しと並んでいる。
「どした?」
急に足を止めた僕を、ゼニスが振り返った。僕は慌てて首を横に振る。いや、今日はもうたくさん買い物したし、生活に不必要なものなら今買う理由はないじゃない。というか、うん。成人男性が近寄るには可愛すぎる店だ。僕には手が届かない。まぶしい。ほら見て、女の子や子供しか入れないように、見えない結界が張ってあるようじゃないか。
ララフェル族とミコッテ族の少女が、可愛らしい顔立ちの女商人と楽しげに話しているのを見て、一歩後ずさる。ゼニスは首を捻り、歩き出した。
店舗に向かって。
「待って! 勇気がない!」
「何言ってんだお前。こいつ?」
ゼニスは手を伸ばし、壁面の棚に整然と並んでいたそのぬいぐるみを取り上げた。あぁ……。
体の半分はあろうかという、大きなぱっくりと開いた口。その赤い切れ込みの周囲には、柔らかそうな三角の白い歯が等間隔で並んでいる。迫力のかけらもない大きな口を見せつけるサメらしきぬいぐるみは、黒真珠のように黒く丸い瞳も相まって、非常に可愛らしい姿だった。ゼニスがぱっと目を覆った僕に向かって、小さなヒレを振ってみせる。やめて! かわいい!
「欲しいんだろ、買えよ」
「いやだって、こんな可愛いもの買えないだろ……!」
「は? 俺が構わないんだから良いだろうが」
籠を地面に置き、両手に抱えたサメを見せ付けてくるゼニス。ぽかんと若干間抜けな顔面は、僕をじっと見つめている。
最近、僕らはグリダニアにアパルトメントを借りた。多くの場合、最初は宿屋暮らしだが、長く滞在する時は許可さえ貰えれば途中から借家をシェアして暮らしてきた。ありがたいことに、エオルゼアにおいては冒険車専用に開かれた居住区があった。家賃さえ払えば内装の変更も自由にしていいというアパルトメントの二部屋には、招く客もなく、確かに僕以外にはゼニスしか訪れない。しかしだ。
「そ、そんな可愛い子抱えて帰れないだろ……! ほら、他には女の子しかいないじゃない。目立つよ!」
仕舞える大きな鞄は食料品で使用済みだ。両手に抱えるほどの大きさの子を隠す場所はない。ゼニスは憤慨したようにサメを横抱きにした。
「似合わねえか」
「似合いはする!」
もーっ! 一般人の視点から見たら確実に似合わないんだろうけれど! 横抱きにしたことで見えたサメにあるまじき小さな足が胸に突き刺さる。ファンシーな子を抱く僕にとっては可愛い背丈の大きな恋人は、満足げに頷いた。何なの!
「あらぁ、お客さんたち、男の子でもウチに来る人、居ますよぉ」
接客が終わったのか、ミコッテ族の女性が僕に向かって微笑みかけた。尻込みしながら近付いてみる。
「この子ね、最近リムサ・ロミンサの漁で見付かった新種のサメがモチーフなんです。大漁の時に見付かるっていって、漁師の間で流行ってるんですよ。足があってね、本物は陸でも走るんです〜」
それは最早サメなんだろうか? とにかく可愛ければ問題はないのだろうか。幸運のシンボルだと言われれば、まぁ……いやいや、でも。渋る僕をよそに、ゼニスは財布を取り出した。
「二匹頼む」
「まいどあり〜」
「なんで!?」
買う買わない以前になぜ増やした。ゼニスは当然のような顔をして答えた。
「ひとりで注目浴びるから嫌なんだろ? 俺が半分引き受けてやるよ。お前が欲しいもん買えるなら俺はそれでいい」
お、男らしい。ここまで彼に言わせておいて、逃げるのか、僕は。ぐっと唇を引き結び、ひとつ頷く。
「僕が、払うよ!」
片腕に鞄と籠を、もう片腕にサメを抱いて。僕らは歩いた。途中小さな子供に「見てママ〜、かわいいぬいぐるみ〜」などと指を指され、恥ずかしくて俯く僕をよそに彼は「あっちの店だぜ!」と商店街を指して見せた。舟に同乗した冒険者の青年にはなんとも言えない視線を貰った。なんとか視線を耐え、帰宅したアパルトメントのラグの上にぬいぐるみをそっと下ろす。
「やっぱり、かわいい……」
つい口元が緩む。そんな僕を見て、ゼニスはニコニコと笑っていた。
「いいもん見れたわ」
ゼニスの言葉に、僕はちょっと複雑な思いだった。恥ずかしがる僕を見て楽しかった? まぁ、うん。彼はそういうところあるし、これだけ可愛い子を迎えられたから良しとしよう。両手で抱え上げた僕に、ゼニスはあっけらかんとした顔で言った。
「いや〜、途中でお前がモーグリ便の存在思い出したらどうしようかと思ったわ」
「あっ」
