エレゼン族男性、カルヴィン・バシュラール曰く|ヴァルラム・リエラシュ
やぁ、どうも。観光ですか? ほう、エーテル観測の調査と。確かに、コスタ・デル・ソルに来るにしてはお堅い格好をしていらっしゃる。私は見ての通り、釣りですね。日が落ちるのに、ですか。はは、むしろこれからの時間が本番ですよ。フルムーンサーディン、という夜に海面近くまで上がってくる魚が狙い目でしてね。
漁師が生業、って訳ではありません。元々傭兵をしていたのですが、脚に傷を負って引退しまして。これは隠居するにあたって新しく始めた趣味のようなものです。一応、主と呼ぶべき冒険者は居りまして、その方のご依頼で水産物を納品してはいますが、まぁ、基本野放しです。
……傭兵や冒険者は、一生やる仕事ではないですからね。死と隣合わせで、意図せず一生の職業となる者も多いなか……人生において、あくまでも通過点であれば良いと、願わざるを得ません。……ええ、実体験があるから語る言葉です。私も、傷を得たことは幸運だったのでしょう。お陰様で、隠居のきっかけを掴めましたから。
しかし……逃れられぬ人も居るようで。彼女はそうは思わずとも、天から与えられた才が、私には呪いのように思えます。
異能を聞いたことはありますか? 星の声を聞く。星は声を持ち、語りかけるそうですよ。……学者先生なら、私よりも余程星の海に詳しいか。私の主は、その異能の持ち主のようです。だから、逃れられないのでしょう。
金を求めて。力を求めて。自由を求めて。誰だって、いつだって、その気になればなることが出来る職なんですよ、冒険者は。元々どんな生活をしていたかはさほど関係がありません。身一つあれば出来てしまいます。
私の主はと言えば、なる気が無かったそうなのです。いつの間にか、求められるままに。そうして危険に身を置いている。誰だって代わりになれる仕事なら、引退するのも容易いものです。彼女も初めはそうでした。けれど……異能が異能と発覚したのですね。
星の声を聞く者は、蛮神対策の切り札だそうです。ええ、ご存知でしたか。そう、蛮神は対峙した者を自らの信奉者とするエーテルを発します。どんなに強い武力を持った人間でも、精神に作用するその術には逆らえない……。普通はそうでした。しかし、異能はそれから身を護る。テンパード化を防げるのです。どんな理屈なのかは分かりませんが……、理由は分からずとも、利用されるものです。
彼女は、冒険者でなくとも食っていけますよ。夢追い人ですらないのです。……彼女の身が健やかであれと、仕える立場からは願います。けれどね、彼女は動ける限り、求めに応じてどこへでも行ってしまうでしょうから……褒められたことではありませんが、いっそそれを挫く傷の一つでも負えば、周囲を安心させるのではないかとさえ、思えてきますね。
私には家族が居ませんから……彼女は娘のようなものです。おや、あなたにも娘さんがいらっしゃると。血の繋がりの有無という違いはありますが、そうですね、穏やかに生きてくれと願うばかりです。命はたったひとつだけ。どう使うかは本人の自由で、他人の干渉は最後には及ばぬものです。気付いてくれれば良いんですがね。身を削るその行為に、歯噛みする者も居ることを。
ふふ、彼女は残酷な人ですね。知らぬまま周囲をひやりとさせています。冒険者なんて、最後にする職業じゃない。守れずにすり抜けていった命のひとつひとつに心を痛めて泣く彼女は、恐らく冒険者には向いていない。それでもなお、彼女の旅は続いていく。きっと、いつまでも。
……水面が光り始めたでしょう。フルムーンサーディンの群泳です。私がこうして商材を釣ることで、あの人が冒険から逃れられるなら簡単なんですがねぇ。金も、名誉も、自由もいらず。彼女はただ、他人が自分を求めるのが嬉しくて、身を捧げていく。彼女はある意味、他人に依存している。それが良い生き方かどうかは、人によるでしょうね。
そうですねぇ、冒険者は星の数。夢も希望も星の数。輝くも堕ちるも運命の悪戯……。彼女は私から見れば、特別で、特別ではない人です。どこにでもいる女性で、代わる者のいない主です。そんなの、どこの誰だって同じ。あの群れの魚一匹一匹と変わりません。
だからせめて、知り合った一人として……彼女が何と名付けられようとも。彼女らしく、個の生が続きますように。そう、願っていますよ。
FIN
