勤勉に星の運営に努める人々にも、休日というものは存在する。休みなく動き続けても効率は下がるばかりだ、というのは、一段と真面目な男である、なんて評されるエメトセルクも認めるところだ。適度な休息があってこそ、仕事は捗るものである。
そんな休日の彼であるが、普段の彼を少しだけ知っている人は、知ったら驚くのかもしれない。
時刻も昼に差し掛かろうと言う頃。窓に吊るされた重い布は、光を遮って室内を闇で満たしていた。議会で働く彼だけしか知らない者にとっては意外かもしれないし、彼が案外短い午睡を取るのが好きだと知っている人ならば、なるほどと頷くだろう。外界から切り離された長く続く夜の中に、エメトセルクは身を横たえている。
音も閉ざされた空間だった。しかし、かたん、と部屋の入口で物音がしたのに、彼はゆっくりと目を開いた。「エメトセルク」に用があるのであれば、勤務日に議場を訪れればいい。休みの日に、しかも個人宅に。訪れる者の数は限りなく少ないし、ある特定の人物でないのなら、家主がまだ眠っているというのに訪ねようとはしなかっただろう。つまり、その時点で誰が来たかは決まったことだった。
エメトセルクは布団を被り直して、知らぬ存ぜぬを貫いた。出迎えがほしいのなら、きちんと帰ってくる日程と時間を教えればいい。それをしないのがそもそも悪い。招いてやる義理はなかった。なかった、が。
その人物は招く対象ではなく、勝手に入り込む生き物だった。出るまでひたすらに呼び鈴を鳴らすという迷惑極まりない行為を繰り返されたので、諦めたエメトセルクは鍵を既に渡している。入り口を閉じていた封が解ける気配がする。扉が開いて、薄暗い廊下には光が差しただろう。
十二分にエメトセルクの体質を理解しているのだから、扉を開けた時点で家主の状態も分かったのだろう。入り込んだ気配は、音を立てずにゆっくりと歩き始めた。そろそろ、獣の尾を踏まないように気を付けるがごとく、消した気配が廊下を進むが、いかんせん魂の色がうるさいものだから、特に意味はない。
寝るに寝られず、エメトセルクは目を開いた。きい、と音を立てて寝室の扉が動く。
「帰ってきていたのか」
エメトセルクは布団の中から低く掠れた声を出した。部屋を覗いていた侵入者の動きが、ぴたりと止まる。
「た、ただいま……」
一応低められた声が応える。エメトセルクは肘をついて身を起こし、やれやれと首を横に振った。顔に掛かっていた白い髪をかき上げる。
「見ての通り、貴重な休日を謳歌していた訳だが……。さて、わざわざ私を起こしてまで何を持ち込んだ?」
「や、寝てていいよ。っていうか、寝ていてくれ」
「はぁ? ならお前、玄関から覗いた時点で帰れ。全く、お前のしたいことはまるでわからん」
呆れた顔のエメトセルクに、侵入者こと、数ヶ月の長期任務に旅立っていた第十四の座アゼムは、どこか言葉を見付けるように自分の腕を抱いて天を見上げた。その姿は既に旅装を解いており、一度家に帰って支度を整えていたようだ。
アゼムは両手の指を絡めて、言葉を見付けられないまま俯いた。エメトセルクが寝起きの険悪な表情で睨む。
「……で、用事は、と聞いている」
「あ、と……。うん、満足したから帰ろうかな」
「……どうしていつもお前はそうなんだ。どうせ考えはじきに事件になって露呈するんだ、聞かれたときにさっさと吐いておけ」
「……そういうこと言うから、きみはいっつもつけ込まれるんだよ」
アゼムは小さく息を吐き、そして囁いた。
「きみは、寝ているだけでいいから」
寝ているだけでいい、と言いつつも、アゼムは帰るのではなく、むしろ真っ直ぐにエメトセルクのいる寝台へと歩き出した。一歩ずつ近付くアゼムの顔を、エメトセルクは眉間にしわを寄せて見上げている。
結局アゼムは、限界まで寝台に近付くどころか、その片膝でマットレスまで乗り上げた。ぎしり、もうひとり分の体重をかけられてベッドが鳴いて沈む。
「……なんというかだな。一人の旅には慣れている筈なのだが、最近ちょっと変でね」
アゼムがうつむくと、さらりと流れる洗いたての髪からは、甘い石鹸の匂いがした。エメトセルクが少し身を引くと、その分ずい、とアゼムが顔を寄せる。
「人恋しい、って言うんだろうか。せっかくのふかふかのベッドなのに、広すぎて、寒くて、うまく寝られなくて。きみなら助けてくれるんじゃないかと思って来てみたんだよ。流石の私も、きみ以外の自宅には勝手に入れないし、きみときたらちょうど良く寝ているし」
アゼムの、他意のなく真剣な瞳に、エメトセルクは一瞬呻いた。これは何を言っているのか理解していない顔だ。何とか返せたのは的はずれな苦言だけである。
「人たらしとはいえ、そう簡単に侵入できてたまるか」
侵入させている筆頭であるくせに。ねね、と囁く甘えた声が、次に言い出すことなど目に見えている。
「お願い、ベッドに入れてくれないか」
エメトセルクは額を抑えて深い溜め息を吐いた。少しは自らの状況を顧みたり出来ないのか。あまりにも危機感がなさ過ぎる。そりゃあ、お前と私は今更何になりようもない距離と関係だが。一応、性別というものは異なっている。同じだとして、この年で友人と共寝など願い下げだが、輪をかけて厄介になるだろうが。
「頼むよ、ハーデス、この通り」
くたりと下がった目尻でじっと見つめられる。息が詰まった。まだ頼んでいる段階だというのに、実はじりじりと膝が進んでエメトセルクの身体に触れようとしている。
エメトセルクはアゼムの額を爪の先で弾いた。そして、ごろりとアゼムに背を向けて横になる。
半分、空間を開けて。
ぱあっ、と表情が華やいだのが、顔を見なくても簡単に思い描けた。早速冷たい足が布団の中に入ってくる。共寝のための寝台ではない。ただでさえ離れようとも離れられない距離の中に、二人分。
アゼムは、エメトセルクの背に額を擦り寄せた。きゅ、と就寝用のローブを指の先が掴む。
「……やっぱり、よく、眠れそう……」
ふわぁ、と早速大きなあくびをひとつ。確かめるように密着した背中の体温は、すぐに静かになった。穏やかな寝息が暗い部屋に響き始める。
何もせずして、何かを起こす天才である。まぁ、何も起こりようはないのだが。とりあえず。
何か悟ったら騒ぎ始めそうな悪友に何と言い訳しようか文言を浮かべながら、エメトセルクは目を閉じた。
