手に取るもの、選ぶもの

 人は、争うために力を付けたりはしない。人と人が分かり合うためには理性を尽くして言葉を交わすのが当然の行為だ。力を誇示することは恥ずべき行いである。それは、世間一般の共通認識というものであろう。
 しかし事実として、創造生物が増えすぎて間引く必要が出たときなど、抗うものを無理やり調伏させるべき事案において、必要となるのは武力や魔法の腕だった。だから、この世界にも開かれた修練場というものは存在する。
 アゼムも一時期、そこはよく利用していた。自立式の模擬戦闘用のイデアは、ある程度の耐久性と攻撃性能を兼ね備えたもので、敵の攻撃を掻い潜りながらいかに衝撃を与えるか、実際の生態系に影響を及ぼすことなく訓練ができる。少しでも現実の戦闘に反映させようと通い詰めるアゼムに、暇なのかと呆れ顔をしていたのはどこの誰だったか。 
「キミは最近、もっぱら実践ばかりだけれど。また訪ねてごらん。きっと、面白いものが見れるよ」
 よく見通す友人が、仮面の下で目を瞑りながら言った言葉に、アゼムは首を傾げた。新しく武器を創造したばかりの時期であればともかく、ある程度使い勝手が分かったならば、それは何が起こるかわからない実践でこそ伸びるものだろう。だから、足は遠ざかっていたのだ。
 面白いもの。そう言われれば、うずくものがある。ヒュトロダエウスはさらに、時間帯にも指定を加えた。ぱっきりと分かれた、委員としての本来の勤務時間。その合間の、普通であれば昼の休憩に当てる隙間の時間に向かえという。
 多くの人が使う施設でないからエーテライトやナビは設置されていなかったが、そこへの転移は慣れたものだ。普段はゆっくりと楽しむ、旅の最中でない昼食の時間を切り上げて、アゼムは地脈に身を任せた。

 本当だ、利用者がいる。エーテルに溶けていた身体が再構成され、地に足がつく。きちんと視界を開く前に、音がした。
 斬撃だ。重い金属が振るわれたときの音。音を聞くだけで、それが生半可な腕のものでなく、それなりに鍛錬が積まれた成果であることは分かる。仮想敵である四足の獣の、生え揃った鱗を抉る音だ。
 目を開いたアゼムは、驚いてぱちぱちと目を瞬いた。円形の修練場の中央で敵の雷撃を避けた姿には、ひどく見覚えがあった。
「エメトセルク……?」
 それは、友人である大魔道士だった。彼は冥界からエーテルを引き出し、破壊の力として術式を行使して焼き払うのを得意とする魔術師である。構えるのはいつも、宝玉の据えられた長杖だ。昔から同じ獲物を使っていて、よく手に馴染んだ相棒であるとアゼムは認識している。
 けれど。アゼムの視線の先で、エメトセルクは地を蹴って飛び退った。爪が大地を抉り、跳ねる石塊もその手に持った、漆黒の大剣で弾く。
 長い詠唱によって構成される高威力の魔法を使う彼はいつも、戦闘となればそのよく視える瞳で戦況を確認し、敵の攻撃範囲とパターンを想定して、安全な場所に陣を張る。仮に打ち漏らした敵など向かうことがあれば、「ああ厭だ」と呻いてようやくそこを退くような、典型的な魔道士の戦い方だ。それが。
 透かした彫金の細工が施された大剣は、随分持ち慣れているのだろう。その動きに違和感は持たせなかった。迷わず切り結び、攻めと守りを効率的に行う。
 ぱちぱちと空気が張り詰める気配がして、周囲に雷のエーテルが満ちる。それに合わせて、エメトセルクは自分を中心に結界を広げた。蔦の模様の絡んだ陣は空間のエーテルを歪ませ、直後に響いた雷鳴の威力を削り取る。
 これは、明らかに。守る相手が居るときの立ち回りだ。剣を振るう合間にも、彼は自らの周囲にエーテルのベールを広げていた。振り上げた爪が降ろされる、致命の一撃となりそうな技に対しては、範囲は小さいが厚い結界を貼って耐える。その判断の冷静さが、彼の積んだ鍛錬の数を物語っていた。
 やがて、振り抜いた斬撃が、仮想敵に設定された体力を削りきった。霧散するエーテルの輝きを浴びるエメトセルクに、アゼムは駆け寄った。
「どうしてきみ、大剣なんか!」
 エメトセルクは、ほつれた髪をかき上げて、顔を顰めて振り向いた。物凄く厭そうな顔というやつである。
「お前、なんでここに」
「ねぇ、きみって破壊魔術専門でしょ? 破壊魔術じゃ私に負ける気ないって言ってたし、私も信頼してる! それがまた、近接だなんて! すっごい気になる! なんでなんで!?」
 深い溜め息を吐いたエメトセルクは、鬱陶しそうに修練場を横切った。無視はさせないと隣を陣取って腕を引くアゼムに、手を振り払う。
 答える気はないようだが、アゼムはそこで引き下がる女ではない。そして、エメトセルクだってそれをよく分かっている。ぴたりと横から離れないアゼムに、再びエメトセルクは溜め息を吐いた。
「使える技術は学んでおくに越したことはない。それだけだ。エーテルというものは、式によって曲げることで事象を成す。冥界から力を引き出す以上、エーテルの吸収と放出を繰り返す術式は非常に都合がいい。それを得手とするのは至極当然なことだ。ただし、他の戦い方も出来ない訳ではない。お前を見ていればアイデアは浮かぶ。それを形にしただけだ」
 アゼムはふんふんと頷いた。たしかにエメトセルクの使うエーテルは、人の枠に収まらない量である。純粋なその力であれば、用い方によっていくらでも結果を作り上げることができるだろう。
 武具を変え、戦い方を変えることは、勝利への道を切り開く。可能性は多いに越したことはない。それぞれの武器には長所短所があるわけだから、敵に合わせて戦術を変えるのは、道理に適った行動だ。
 ただ、訓練するからには、想定する場面というものがある。盾役というものは、二人以上がいて初めて成り立つ戦法だ。メインの攻撃役であれ、補助の治癒役であれ、守る相手が居るからこそ採用される。そもそも一人で戦うならば、敵視は自分にだけ向くのだから、範囲の攻撃をいなす方法など学ぶ必要がない。
「盾役……だよね、今の訓練の想定って」
 アゼムはエメトセルクに訊ねた。エメトセルクは舌打ちをした。
「あのさ、賢いきみが、わざわざそれを選ぶからには、何か思惑があってそうしていると思うのだけど。聞いてもいい?」
「良くはない」
「なんで?」
「良くはないと言っただろうが」
 エメトセルクはむすりと黙り込んだ。黙り込んだが、アゼムの質問攻めを分かっていて待っているわけだ。本当に答えたくないなら、強制的に終了させることもできる筈なのだから。休憩のためのベンチまで歩いたエメトセルクは、その端に腰掛けた。アゼムも倣って隣に座る。
「あのさ、きみって、あんまり率先して戦闘に出ないよね」
「汗をかくような行為は御免被る」
「きみの魔術で焼けない相手なんてそうそう居ない し、負けそうな敵もあんまり思いつかない」
「それは光栄なことだな」
「……きみがさ、人と一緒に戦うことなど、私が喚び付けた時くらいのものだが」
「…………」
 エメトセルクは肘を膝につき、背中を丸めたまま遠くを見つめていた。
「つまるところ、私のためって思っていいかい?」
 沈黙は長かったが、否定の言葉が紡がれることはなかった。