扉の開く音の直後、背後で高い悲鳴が聞こえ、何事かとゼニスは振り返った。凄惨な現場でも見たような声色だが、刃物こそ扱っているものの、平和な昼下がりのひと時である。
「なんだよ」
「か、髪!」
震える指がよろよろと持ち上がり、ゼニスを指し示す。指と視線の先でゼニスは首を捻った。切ったばかりの頭は軽く、ナイフで断った髪はところどころがまだ跳ねている。床に敷いた大きな布には、青い毛が散らばっていた。
「どうして僕に言わないで切っちゃうのさぁ!」
わっ、と両手で顔を覆った相棒の姿を見てから、ゼニスは「あ……」と声を漏らした。
そろそろ邪魔だなぁ、と彼の下敷きになりながら呟いたのが昨日の夜のこと。子供の頃は長く伸ばしていたが、男として暮らすようになってからは邪魔になる前に切ってしまっていた。肩を過ぎた辺りまでは許容できるのだが、それ以上伸びれば紐で括る面倒が生じる。
そんなゼニスに対して、「きみの綺麗な髪が好きだから、僕は嬉しいんだけど」と言ったのがレイニーだった。そして「久しぶりにきみの髪を編んでみたいなぁ」とも。それに何と返事をしたっけ。ゼニスは目を泳がせた。トびかけた理性は言葉を繋いでくれない。
「忘れてたんだ」
恨めしい、と睨むレイニーに、ゼニスは両手をあげて降参の構えを示した。約束を反故にしたのは間違いない。誤魔化すために、へら、と引きつった笑みを浮かべる。
「次じゃだめ?」
次。また今度。未来を示す単語を混ぜたときの、嬉しそうに緩む眉は知っている。伺う視線に、レイニーはわざとらしく溜め息を吐いた。きみの学習を、僕も知っているんだからね。
それでも。
じんわりと、次への期待に胸の内が持ち上がるのは事実なのだ。代わりに何かしてもらおうか。意地の悪いことかもしれないと思いつつ、忘れっぽい彼が案外自分に甘いことは、レイニーだって知っているのだ。
