テーブルを挟んで向かい合ったアゼムは、肘をつき、指と指を絡めて俯いていた。普段であれば快活な笑顔が浮かぶその顔も、不安の色に染まっており、唇は引き結ばれ、視線は落とされたまま持ち上がることはない。
相談があるんだ。震えた声に呼ばれて、ヒュトロダエウスはここに居る。微笑んで彼女の名前をひとつ。ようやっと、アゼムが泣き出しそうな瞳を向けた。
唇が開く。
「私……エメトセルクが、好きかもしれない」
沈黙が降りる。ヒュトロダエウスは、その言葉を咀嚼した。アゼムが懺悔するように額を手に付けて、身体を縮こませる。そんな彼女の様子に、何と声を掛けていいか迷った。言葉は見つからないままだ。だって。
(…………今更!?)
さも深刻な悩みのようにアゼムは打ち明けたが、割と皆既に知っていることである。ヒュトロダエウスが人の感情の機微に敏いということを抜きにしても、大体の人が見れば理解する話だろう。何と言えば傷付けずに教えられるか。言葉を探したが、ヒュトロダエウスは早々に諦めて首を横に振った。逃げ場などない。現実を突きつけるしかないだろう。
「……アゼム、それ、皆知ってるよ」
「………………えっ?」
アゼムが顔を上げた。
「みんな? みんなって言った?」
「うん、皆。すごい今更過ぎて何て答えたらいいか迷ってしまったよ」
「……何で私より先に人が知ってるんだ」
「むしろ今まで自覚がなかったことにワタシは驚いている」
両手で顔を覆い、アゼムは肩をぷるぷると震わせた。手を伸ばして、ぽんぽんと肩を叩きながら、ヒュトロダエウスは何とも言えない表情を浮かべた。
エメトセルクを見るなり顔を綻ばせ、鼻歌でも歌い出しそうな様子で彼の隣を確保する。元々他人との距離が近めの彼女といえど、ぴったりと寄り添う相手は彼以外にはいない。彼の方も眉間に皺を寄せつつ、その距離を許しており、満更でもない様子であった。
アレで付き合ってないんだよなぁ、という視線が刺さるのはよくあることであり、一部ではいつ事態が動くのか賭けの対象にすらなっている。ちなみに一番人気は毎回一年以内である。
「しかし、どうしてそんな顔をして打ち明けるんだい?」
アゼムはそれを聞いて、ふっ、とやさぐれたように笑う。肩を竦め、やれやれ、と首を振る。
「きみにこれが伝わらないとは。あのヒュトロダエウスでも、観察眼が鈍ることがあるんだね?」
いや、多分キミより遥かに見えてると思うけどな? そう突っ込んでみたい気持ちに駆られたが、話の腰を折れば、今のアゼムだと拗ねて黙り込む可能性がある。ヒュトロダエウスはニコニコと笑って「そんな日もあるみたい」とアゼムを促した。
「まず、エメトセルクの恋愛対象になっている筈がないのさ……」
組んだ指の上に顎を乗せ、アゼムは遠い目で笑った。言い分はこうだ。
「常日頃から、私は彼に世話をかけることしかしていない自覚がある。彼の私への溜め息の数を数えたことがあるかい? ずっと怒られてるね。かと言って、私も間違ったことはしてないから改めるつもりはない……。だってほら、転身すれば一発解決のものにわざわざ手間かけたりとか、彼、そういうの好きだろ」
ヒュトロダエウスは曖昧に微笑んだ。その自覚はあったんだ。アゼムはむくれたように唇を尖らせる。
「そもそもだ。私は恋愛不適合者だと思う。旅が好きだし、自分の役目が好きだ。恋人との時間はきっと優先順位が低い。甘く愛を囁くとか、あんまり想像できない。上手く恋人をやれる自信がない。……おっと、ちょっと落ち込んできた」
がくっと落ちた肩を、ヒュトロダエウスはぽんぽんと軽く叩いた。確かにアゼムの真っ直ぐな視点ではそんな結論も導けるのだろう。
しかし、だ。アゼムのつむじのてっぺんを見つめて、ヒュトロダエウスは首を傾げてみせた。
「でも、そんなキミがどうして彼に恋をしたのかな。キミの言う通り、キミと彼とじゃタイプが真反対だ。それでも惹かれたんだろう?」
アゼムはのそりと顔を上げた。そして、きょろきょろと、周囲を窺ってから、ヒュトロダエウスに顔を近付ける。手を口元に添えて、声を潜めて囁いた。
「彼とずっと一緒に居たいんだ。彼の特別になりたい。頑固でわからず屋なところもあるし、怒られたり、喧嘩したりもするけどさ……。彼は私の一番の理解者だ。他の誰かじゃ、駄目なんだ。彼と居る時だけ、感じる幸せがあって。これが多分、よく分からないけど、恋愛感情って奴なんじゃないかと思う」
なんだ、よく分かっているじゃない。ヒュトロダエウスは口元に指を当てて肩を揺らした。笑われた! と目を見開いたアゼムは、ふんとそっぽを向く。
「アゼム」
「やっぱりきみも、」
「……逆だって、有り得ると思うんだけどね?」
同じ趣味思考でなくとも恋愛感情が生じることは、今さっき本人が示した通りだ。
「大体さ、彼、ワタシみたいに事件を面白がって付き合えるタイプじゃないし、大抵の場合、一番迷惑かけられてるの彼じゃない」
「急に突き落としてくるじゃん」
諦めつつも希望の糸に縋りたいらしく、アゼムは恨みがましく、じとりとヒュトロダエウスを見た。頬杖をついたまま、ヒュトロダエウスは早とちりの鼻先をつついた。
「嫌ならとっくに見放されてる。昔馴染みだからって全部付き合うと思う? どういうつもりで一緒に居るのか、彼自身に聞いてごらん。諦めるのはそれからでも良いんじゃない?」
「で、でもさ、ヒュトロダエウス」
「何もせずに諦めるなんて、キミらしくもない。まずは当たろう? 砕けたら、その時は泣き言を聞いてあげるから」
「ヒュトロダエウスぅ……!」
らしくもない、というのは本当だ。砕けると思い込んで、逃げの一手を打とうとするなんて、普段の彼女聞いたら腹を抱えて笑っているだろうから。けれどそれだけ本気で彼を想っているのだなぁ、と想像がつくのだから、まったく、可愛らしいものだ。
そろりと顔を上げたアゼムは、コクリと小さく頷いた。
「大丈夫、大丈夫。怖くない、怖くない」
手を握って励ましてやりながら、ヒュトロダエウスは少し思った。これは賭け事のレギュレーション違反になるのかと。
でも、まぁ。問題はないか、と充足感とともに微笑む。「あそこは一体いつくっ付くのよ!」と自分を棚に上げて言う人も居たくらいだ。問題にする人は居ないし、むしろ功労賞を貰えるのではないだろうか。
何しろ、結ばれない方に賭けた人は居なかったもので。
